ようこそ井口淳子研究室へ(NEW)

民族音楽学、音楽学研究者。近刊は「送別の餃子:中国都市と農村肖像画」jiguchi@daion.ac.jp

機嫌よく生きる達人、出現!

Kさんと初めて出会ったのは真夏の今はなき古い大学校舎でした。かつてボーリング場であったその校舎は長いレーンが教室に、狭い階段が特徴の建物で、私はその時、30代で着任早々の新米講師でした。

夏休みにバリ・ガムランのワークショップが開かれ、学生に混じって受講しました。

その折に、ガムラン指導者として目の前に現れたのがKさんでした。どちらかというとぶっきらぼうというか、一人、学生に混じっている教員の私も全く学生扱いで、「自分に似たタイプかも」と思ったのが第一印象でした。

その後、ガムランが授業科目となり、晴れて?同じ専攻の同僚となりました。2014年に始まった「世界のしょうない音楽ワークショップ」では3年目くらいからメンバーとなっていただき、ともに野村誠作品を演奏する共演者となりました。今やガムランはこのワークショップ&野村作品のなくてはならない楽器として燦然と輝いています。

と、前置きが長くなりましたが、この夏、コロナとお父様の介護で長く旅にも出られなかったKさんが北海道にやって来ました。それも私が身を寄せている家族が住む白老へ。

なぜ、白老?と尋ねると、以前、私がFacebookにあげたポロト湖の写真を見て、自分も早朝散歩してこの風景を見たい!と思ったからだそうです。

私は彼女の滞在を、日頃の疲れを癒すための静かな「ヒーリング・バケイション(癒しの休暇)」だと捉えていました。だからあえてどこがオススメとか、ここのお店が美味しいといった情報はお伝えせず、静かに休養する彼女の邪魔だけはするまいと思っていまいした。

ところがです!到着初日の夜に始まり、白老を離れるその直前まで、Kさんの飽くことなき探究心は発揮され続けたのです。

白老の隅から隅まで探索し、歩き、写真をとり、白老内のレストランを制覇し、お店のスタッフと仲良くなり、と連日アクティブな活動が次々と写真で私の元に届けられたのです。

最後の夜、Kさんオススメ(すでに半ば常連化)のお店で一緒にジョッキを傾けつつも、「今からウポポイ で友人が影絵芝居のリハなんです、職員通行証もらってますから行って来ます」とそそくさとウポポイ へ出かけて行った彼女から、夜更けに「すばらしい影絵芝居です、アイヌ音楽サイコーでした、明日は必ず見に行ってくださいね」とメッセージが。

白老を離れる際には「駅員さんの許可を得て撮影しました」と駅員さんのドアップ写真まで送られて来ました。これはその方があまりにわれわれ共通の知人に似ておられたからなのですが、JR白老駅でこの写真をとるのはKさんくらいだなあと見慣れた改札口を見て爆笑しました。

ちなみに白老駅では電車が到着する数分前にならないと改札を出ることが許可されず、一人一人改札で切符を見せて通る方式です。まさにザ・改札なので、駅員さんのお顔を覚えてしまうほど。

嵐のように去って行ったKさん、うーん、なんで終始あんなにアクティブだったんだろう?なんで終始あんなに面白おかしく笑っていられるのだろう、と考えるうちに、そうだ、「彼女は自分で自分を機嫌よくする達人なのだ」、と思い至りました。

例えば、何かいや〜なことを思い出した時、ネガティブな感情に支配されるのではなく、いや、こんなええこともあったし、これからええこと起こりそうやし、と思えるのがKさん流。私たちには共通の憤慨事件が多々あるのですが、彼女はサバサバと怒り、私はジトジトと後を引きます。この違い、絶対Kさんの方が生きやすい。

そう、真似ようにも真似ることのできない「機嫌よく生きる達人」。

彼女が去って、連日の晴天(記録的猛暑)から一転して雨がシトシト降り始めました。

秋の始まりの雨は長く続きそうです。

ポロト湖