ようこそ井口淳子研究室へ(NEW)

民族音楽学、音楽学研究者。近刊は「送別の餃子:中国都市と農村肖像画」jiguchi@daion.ac.jp

主のかくも長き不在

主とか主人ということばは使わない主義ですが、我が家から父とか夫と呼ばれるお方が去ってから八年がすぎました。

あまりにさっと軽やかに消え去ったので、ぼんやりしている私は数ヶ月、実感がなかったくらいです。そもそもそんなに存在感があるタイプではなく、私が眠った後で台所や風呂掃除をしたり、帰宅時間もとても遅かったので、完全にすれ違い生活だったのです。

八年も過ぎると、向こうは単身赴任がイタにつき、こちらはというと私と娘の、掃除嫌い、家事を怠ける、けれども美味しいものは食べたい、という似た者同士の生活がしっくりと馴染んでいます。

八年という歳月は、まず寝室が書斎化し、リビングが本置き場になり、最後は廊下や一間きりの和室までもが物置化。

じゃあ、たいそう仕事がはかどっただろうと思いきや、一人でいると結局誰の目も気にせず、好きな本を読みふけったり録りためた番組をみるので自堕落この上ない。

もし、突然、主がこの家に戻ってきたら?と想像してみました。残念なことに何も具体的にイメージできません。

例えば、車庫にクルマが召喚され、私は早朝の電車ラッシュから解放される、水回りがピカピカになり、大量に断捨離が敢行される、和服置き場になった彼のベッドが元の状態になる、そして週末は、えっと週末って以前は何してたっけ。全く思い出せない!

いずれ誰しも独居老人になるのだから、今の生活は近未来の前倒しでしょうね。

えーい、今日は大掃除だ、その前に年賀状だ、その前に急ぎの仕事だ!

 

年賀状に選んだ今年のベストショット。オホーツクのシブノツナイ遺跡(アイヌの集落跡)にて8月、いい風がピューッと吹いていました。