ようこそ井口淳子研究室へ(NEW)

民族音楽学、音楽学研究者。近刊は「送別の餃子:中国都市と農村肖像画」jiguchi@daion.ac.jp

白老の小さな奇跡

白老の小さな奇跡 

北海道の海辺の町のアート・プロジェクト

 

 新千歳空港から電車でおよそ1時間ほどの海辺の町、白老。もともとアイヌの集落があっただけに海と山に恵まれ、ポロト湖のほとりには博物館があった(1976年創設)。そこに国立アイヌ民族博物館(諸施設とともにウポポイと総称される)が完成したのが2020年春。しかしそのことは町の活性化にはほとんど影響しなかった。駅の南側にある商店街にはウポポイの来訪者は流れず、町はひっそりと静かなままだ。

 何度か通ううちに、小さな道で鹿の家族や狐に出会ったりするようになった。もっと奥に入ると「クマに注意!」と立て看板があるような町、といえば想像しやすいかもしれない。

 そんな町で実はとても意欲的で先鋭的なアート・プロジェクトが進んでいる。昨年に続き、今年も多様な企画が同時展開されている。例えば、半世紀前のモノクロ写真を引き伸ばし、在りし日の漁村の様子を映し出したパネルを展示する「歩いて巡る野外写真展」が開かれている。これは昨年、虎杖浜で大変な反響を得た写真展で、それをもう一つの漁村、社台でも実施したものだ。

 実際に太平洋沿いの道を歩き、廃屋の壁いっぱいに貼られたモノクロ写真と対峙すると、在りし日の漁の賑わい、子どもの歓声が聞こえてくるようだ。この写真に写っている人物がすでに高齢となり、故人となっていることを思えば、今を生きる私たちもまたこの写真のようにどこかで誰かに半世紀後も記憶されているのだろうか、としばし物思いに耽ることになる。

 白老町内の町工場、スーパーや居酒屋、廃校となった小学校などどの町にもありそうなスペースが、町民と交流したアーティストたちの作品展示に使われている。町工場では屋根の隙間から日光が入り、地面に白線が浮かび上がる時刻を目当てに何度も訪れる人がいるという。スーパの壁面に描かれた絵はあまりにしっくりと馴染みすぎて、元から描かれていたかのような貫禄をみせている。アーティストたちが白老に滞在し、何を見て、何を感じたのか、ある人はアイヌ文化に魅せられ、ある人は自然に共鳴し、ある人は町の今に感応した。絵画や刺繍、木彫り、インスタレーション灯台の光の矢など作品の幅は広いが、いずれも白老という土地の記憶、ルーツと関わりを持つ。

 町の子どもたちも作品制作に参加している。廃校となった森野小学校では、土を焼き、縄文時代のような方法で仮面を作った。子どもたちは、アートとは「観るものではなく、参加するものだ」ということを体験したはずだ。

 これらの展示はおよそ1ヶ月半にわたり開催され、展示スペースの入り口には町民のみなさんが案内に立っている。そこでの対話が弾み、外部からやってきたツーリストたちはただ見て食べるだけの白老観光から、町で暮らす人たちと語らい、交流する旅を経験することになるはずだ。そのような旅は簡単には忘れることができないだろう。

 残念なことに、このアート・プロジェクトはJR白老駅で下車し、ウポポイを訪問しても気づきにくい。どこにも目立つ場所にポスターがなく、フライヤーも商店などにしか置かれていないからだ(2022年9月12日現在)

 遠路はるばるウポポイ にやってきた人が町内のこれほど意欲的な展示に気づかずに終わってしまうことは残念過ぎる。

 「白老文化芸術共創」あるいはRoots and Arts Shiraoiと検索すれば、ウェブサイトが出てくるものの、情報をキャッチできる人はごく少数であろう。

www.shi-ra-oi.jp

 小さな町で遭遇した奇跡のような展示の数々、町民とのふれあい、来年も私はきっとこの町に戻ってくる予感がする。

白老町 蔵の展示

廃工場の中での展示


 

社台の野外写真展(木野哲也プロデューサー)