ようこそ井口淳子研究室へ(NEW)

民族音楽学、音楽学研究者。近刊は「送別の餃子:中国都市と農村肖像画」jiguchi@daion.ac.jp

イレズミ


 昨夜で船に提灯をつけ、近隣の川に流す精霊流し(この地域ではこういう名称は存在しない)も終わり、今朝は静かな朝となるはずが、食卓で驚きの事実が!

 母の朝の話は大抵、知り合いのビョーキが話題なので、聞き流しているのだが、今日は海辺近くにあるクルマの解体工場について話し出した。話の発端は亡き父が冬の牡蠣ムキ工場で働く中国農村出身の若い女性たちの世話をしていたことだった。今から15年くらい前には大勢の中国女性労働者が冬の暖房がない作業場での牡蠣ムキ仕事に従事していたのだ。父は最初は通訳として、のちには頼まれもしないのに彼女たちの相談相手、差し入れや病院への付き添いなどを行っていた。

 ところが、もう賃金の高い中国からは労働者は来なくなり、変わってアジア各国から様々な業種につく人が増えているという。中国と異なり、肌の色が異なるためスーパーなので出会うとすぐにわかるので、だいたい何人くらいが町内で働いているかわかるという。顔見知りになると向こうから挨拶もしてくれるそうだ(いきなり「おかあさん、元気ですか?」と言われてびっくりしたそうだ)。

 解体工場ではマレーシアから数名が関東から移ってきた。こちらの雇い主が親切で食べ物もよいので満足しているらしいというが、あくまでも噂である。そして、彼らは見事な入れ墨をしているという。「マレーシアの部族のイレズミらしい。だから仕方ないんやけど、工場のすぐ近くに公営の大きなプールがあるのにそれがあるから入れへんらしい」と母。

 私は早速、日傘をさして、解体工場に行ってみた。なるほど、解体工場には大小の廃車が置かれ、作業は野外だ。これは暑い。近くのプールに飛び込めればどれほど気持ちいいだろう、と思った。

 日本の田舎町ではおそらく文化としてのイレズミをしている労働者が今後も増えてくるはずだ。「刺青お断り」と一元的に彼らを排除することは問題になってくるだろう。すでに問題になっているのかもしれない。

 

海沿いの畑にて